特設サイト第109回 漢方処方解説(60)甘麦大棗湯

今回ご紹介する処方は甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)です。
この処方は、「金匱要略」に収載されるもので、女性の「臓燥(ぞうそう)」とされる、いわゆるヒステリー症状に対する漢方薬と記されています。その条文には、「婦人蔵燥、喜悲傷して哭せんと欲し、象神霊の作す所の如く、数欠伸す。甘麦大棗湯之を主る」とあり、「悲しんで泣こうとし、ものの怪がついたように身体を動かし、たびたび欠伸をする。このような場合は甘麦大棗湯を飲ませるとよい」という意味です。

構成生薬は、甘草と小麦(しょうばく)、大棗の3つと少なく、しかも食材としての利用もあるものばかりです。このコラムでもおなじみの甘草のほか、イネ科コムギの種子を用いる小麦、クロウメモドキ科のナツメの果実を用いる大棗を用います。 ヒステリーや神経症などの精神興奮や不安、不眠に効果を示すとはちょっと想像しにくいですよね?ただ、漢薬としては、小麦には緩和や鎮静作用があり、神経症や寝汗に効果があるとされますし、大棗も緩和、強壮、鎮静作用があるといわれています。不思議なものです。

臨床的には、女性に限ることなく、男性や小児にも用いることができ、現在は小児の夜泣き(夜啼症)に用いられます。また、ひきつけなどの痙攣発作、精神興奮などにも有効であるという報告もあります。小児の夜泣きに用いるときには、興奮しやすいとか、寝つきが悪いとか、寝ぼけてあくびをするなどのエピソードが使用目標になるそうです。また、本処方は甘草を多量に含みますので、エキス製剤の場合も副作用としての偽アルドステロン症の発症には十分気をつけなければなりません。

この処方は、私が大学院生の折、大棗の品質評価のための指標成分を探し、高速液体クロマトグラフィーを用いて分析法を確立した際に実践例とした処方です。大棗はナツメの果実ですから、ショ糖をはじめとする糖類がほとんどで、珍しいところで細胞内伝達物質として知られるc-AMP(サイクリックAMP)を比較的多く含む生薬です。一般に、生薬の品質評価のための成分は指標成分と呼ばれ、できるかぎり当該生薬特有のものでなければなりません。糖類ばかり含まれる中、トリテルペン化合物の3-O-transおよびcis-p-coumaroyl alphitolic acid を指標成分として甘麦大棗湯エキス顆粒剤の成分定量を行ったことを思い出しました(生薬学雑誌、43(4):348(1989))。
最近、他の研究者によって追試験がなされ、有用な指標成分であることが再確認されています。このように基礎研究も役立っていることを知ると楽しいものです。

(2024年5月2日)

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