特設サイト第98回 漢方処方の不思議 ~配合の妙~

今回は、処方解説をお休みして、漢方薬の不思議さについてお話ししてみたいと思います。

ご存じのように、漢方薬は少なくとも2種以上の生薬を配合して煎じ、そのエキスを服用するものです。そのため、有効成分を一つだけ含む西洋医薬品とは異なり、数百あるいは数千の化合物を含有することが考えられ、それらが複雑に生体と相互作用しながら、薬効を発現していると考えています。

漢方の古典的処方集である「傷寒論」には、現代医療において馴染みのある処方が数多く収載されていますが、その最初に記載されている処方は「桂枝湯(けいしとう)」です。この処方は、桂枝(けいし、今では樹皮である桂皮(ケイヒ)を用いる)、芍薬(しゃくやく)、甘草(かんぞう)、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)の5種の生薬から構成され、漢方薬の基本となる処方と考えられています。

「傷寒論」の記載によると、感冒など急性熱病の発症初期に、頭痛やうなじのこわばりを感じ、ぞくぞくするような寒気を感じる時期で(漢方では症状がからだの表面に現れていることから、「表証(ひょうしょう)」といいます)、自然発汗のあるものに桂枝湯を用いるとあります。さらに、うなじや背中のこわばりが激しく、自然発汗がある場合に、桂枝湯に葛根(かっこん)を加えた桂枝加葛根湯を、自然発汗がない場合に、その桂枝加葛根湯に麻黄(まおう)を加えた葛根湯を用いるとされます。このように、風邪の引き始めにおいても、後背部のこわばりが強いかどうか、また汗をかいているかどうかで、生薬を一つずつ加えて、症状に応じた対処をしています。
生薬一つを加えることで、対象とする症状も変わるということは、なんとなく当たり前のように思えますが、不思議で、おもしろいですよね?

さらに、桂枝湯は、芍薬を増量することで(倍量)、感冒に対する薬ではなく、お腹の薬になることも記されています。これが桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)です。
「傷寒論」によると、発汗によって治すべきものを、瀉下させるという誤った治療法をとってしまったため、お腹が張って、ときどき痛むようになってしまったものには桂枝加芍薬湯を用いるとあり、それが転じて過敏性腸症候群などに応用するようになったとされます。芍薬を増量することにより、からだの表面ではなく、お腹を温める薬になったというのも、また興味深いことです。

同じように、節々が痛む、インフルエンザのような感冒に用いる麻黄湯(まおうとう)は、麻黄(まおう)、桂皮、杏仁(きょうにん)、甘草の4味からなる処方ですが、桂皮の代わりに石膏(せっこう)を配合すると麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)となり、ぜんそくや気管支炎に用いる薬となり、さらにこの石膏を苡仁(よくいにん)に代えると麻杏甘湯(まきょうよくかんとう)となって神経痛や関節炎、リウマチの薬として使います。こういった適応症の変化が配合される生薬によってドラスティックに変化することを「配合の妙」と捉えていますが、その科学的根拠を解明するには至っておりません。

ちょうど今、4年生を対象にして漢方の講義を行っていますが、こうした漢方処方の不思議さについて紹介する度に、いい加減、こうした事例を科学的に説明できるようにしなければと、妙な汗をかく今日この頃です(^^;)。

(2023年6月2日)

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